突然訪れた喪失と、崩れ落ちた人生
人生のパートナーである夫との出会いは、私にとって大きな転機でした。「幸せになる」という人生の目的を共有できる人と出会い、信じ、信頼し、共に歩むことを約束しました。
ようやく人生が上向きになり始めたそのとき、夫は突然この世を去りました。
残されたのは、意味を失った日常でした。
見える景色はすべてモノクロに見え、何を食べても味がわからない。そんな無味無臭の日々が続きました。自分の人生に意味を見出せず、ただ時間だけが過ぎていく…死別を経験した方なら、この感覚を理解していただけるかもしれません。
「幸せになる」をもう一度、設定し直す
それでも、そこで人生を終わらせたくないという気持ちが、かすかに残っていて、その小さな火を頼りに、私は人生の目的を立て直すことにしました。
目的は同じ、「幸せになる」こと。
以前の私が描いていたのは、「夫と一体になって幸せになる」という形でたが、その考え方こそが、喪ったときに自分の人生そのものが崩れ落ちた原因だったと、後になって気づきました。
新しくきめたこと、それはシンプルな言葉です。
「私が、私を幸せにする」
幸せは、共有できるけれど「個別」に存在する
誰かと幸せを共有することは、もちろんできます。喜びを分かち合える人がいることは、人生を豊かにしてくれます。ただそれは、幸せの全部ではなく一部です。
幸せの土台は、自分の内側にある。これが、死別という経験を通じて私が学んだことでした。
また、相手の幸せを心から喜べる自分でいるためには、自分自身がある程度満たされている必要があります。自分が満たされていないとき、人は知らず知らずのうちに他者の幸せに水を差したり、足を引っ張ったりしてしまうことがあります。
だからこそ、自分の幸せを守ることは、自己中心的なことではなく、周囲との関係を健全に保つためにも大切なことだと考えています。
自己責任を引き受けることで、見えてくるもの
自分の幸せは、自分のもの。守るのも、育てるのも、自分自身。
この「自己責任」という言葉は、重く聞こえるかもしれません。でも私にとってそれは、重荷ではなく、自分の人生を取り戻す力でした。
覚悟は決まれば、自然と見えてくるものがあります。
自分はどんな人と幸せを共有したいか。どこに境界線を引くべきか。自分の幸せを振り回すような関係には距離を置く。それは冷たさではなく、自分を守るための選択です。
死別から立ち直るまでに、多くの時間とお金と労力がかかりました。カウンセリングを受けたり、自分の感情を整理するための学びに投資したり、さまざまな試行錯誤をしてきました。
その経験があるからこそ、今の私があります。そしてその経験を活かして、現在は死別を経験したシングルマザーの方々のカウンセリングを行っています。
あの苦しかった経験を経て、今は好きになれています。誰かに幸せにしてもらう人生をやめて、自分で自分を幸せにすると決めたから。
同じ痛みを抱えるあなたへ
「また幸せになっていいのかな」「一人でやっていける気がしない」「悲しみがいつまでも消えない」——そんな気持ちを抱えている方に、一つだけお伝えしたいことがあります。
もう一度幸せになることはできるということ。
それは、誰かに幸せにしてもらうことを待つのではなく、「自分が自分を幸せにする」と決めることから始まります。その一歩を、一人で踏み出す必要はありません。
死別シングルマザーを経験したカウンセラーとして、同じ痛みの場所から話せる存在として、そばに寄り添います。