最後の高校受験で「入れ込み過ぎ」と言われた理由―亡き夫と走り抜けた一年

最後の高校受験で「入れ込み過ぎ」と言われた理由―亡き夫と走り抜けた一年

次男の受験が終わり、ひと段落しています。

私はここのところあまり眠れていません。それをポジティブにとらえて、朝活生活を楽しんでいます。次男も、早起き生活が板についたようで、受験が終わった翌日も朝からごそごそと起き出して、散歩に出かけていました。

この記事では、私の人生最後の高校受験サポートを振り返りながら、亡き夫の存在を感じた一年間についてお話しします。同じように死別を経験し、子育てをしている方に、少しでも寄り添える内容になれば嬉しいです。

「いつもと違って入れ込み過ぎ」と言われて

次男の受験に至っては、周りの人から「いつもと違って入れ込み過ぎ」と言われました。

長男、次男と、これまでも高校受験をサポートしてきましたが、確かに今回は違いました。いつも以上に熱心に、いつも以上に細かく、いつも以上に関わっていたと思います。

自分ではそんな意識は全くなく、私の人生で最後の「高校受験」サポートだから、後悔が無い様に全力でやったというだけです。

もう私の人生に子供の高校受験をサポートするチャンスは残されていません。次男が最後です。

だからこそ、めちゃくちゃ頑張りました。「最後」という言葉の重み。それを、今回ほど強く感じたことはありませんでした。

夫がいたら、どんなふうに受験をサポートしただろう。そんなことを、何度も考えました。

きっと、私ほど熱心ではなかったかもしれない。でも、要所要所で的確なアドバイスをしてくれたかもしれない。

夫がいない分、私が二人分頑張らないと。そんな気持ちもあったのかもしれません。

私自身の、高校受験への後悔

実は、私自身、高校受験に良い思い出が無いのが原因でもあります。

私は3兄妹の中間子で、兄の大学受験と妹も中学受験と重なり、妹の中学受験に母は奔走していたからです。

私はなんとなくその隙間に、親が学力から判断した高校に受験をし、なんとなく受かったというだけ。

高校に希望を持つこともなく、やっつけで終わってしまったという暗黒期。自分で選んだわけでもなく、親に言われるがまま受験して、合格して、通って。

それが私の高校受験でした。

高校時代は、楽しいこともあったけれど、どこか「自分で選んだ人生じゃない」という感覚がありました。もっと真剣に考えて、自分で選びたかった。

その後悔が、ずっと心の中に残っていました。

だからこそ、自分の中のやりきれなかった想いを子供に託してしまったのかもしれません。

野球を子供にやらせて熱血指導しているパパさんの思いが分かるような気がします。「自分ができなかったことを、子供に」という想い。

それは、良いことでもあり、時には過剰になってしまうこともある。でも、今回の私は、その想いを全開にして、次男の受験をサポートしました。

次男には、私のような後悔をしてほしくなかったんです。自分で考えて、自分で選んで、自分で決める。そういう経験をしてほしかった。

夫の想いも、無意識に上乗せしていた

それに加え亡き夫は、あまり教育にとやかくいうタイプではないけれど、高校時代の過ごし方だけは語っていました。

夫は、自分の高校時代をとても楽しそうに話してくれました。

友達のこと、部活のこと・・本当に楽しかったんだろうな、と思える話ばかりでした。

ただし、勉強に関しては後悔があったと言っていました。

だから、夫の想いも無意識に上乗せして熱を入れていたのかもしれません。

夫が次男に伝えたかったこと、夫が次男に経験してほしかったこと。

それを、私が代わりに伝えている。そんな感覚がありました。

今振り返っても、夫の後押しかな?と思える面白エピソードが満載。夫の大好きな「サプライズ」が詰まった1年になりました。

夫は生前、サプライズが大好きでした。私や子供たちを驚かせることが好きで、よく仕掛けてきました。

だから、この一連の「偶然」も、夫のサプライズなんじゃないかと思えてくるんです。「ほら、こんな情報あるよ」「この人と話してみたら?」って、夫が導いてくれているような思い出がたくさん増えました。

「何処でも楽しめるマインド」を

この1年、結局養わなければいけないのは、何処でも楽しめるマインドだと次男には口を酸っぱくすほど伝えていました。

「第一志望に受かっても、第二志望でも、どこに行っても楽しめる人になりなさい」

そう何度も言いました。

結果ももちろん大事。でも、どこに行くかよりも、どう過ごすかの方がもっと大事。環境のせいにせず、自分で楽しみを見つけられる人になってほしい。

夫と過ごした時間、夫とお別れした時の想い、そういうものすべてひっくるめてこの言葉になったのだと思います。

夫を亡くしてから、私は学びました。幸せは、環境が与えてくれるものじゃない。自分で見つけるもの、自分で作るものだと。

夫がいない環境。それは、私にとって最悪の環境でした。でも、その中でも幸せを見つけてきた。子供たちとの時間、友達との時間、仕事の時間。

そういう小さな幸せを積み重ねて、今がある。

私も意識していっているというよりも言わされているという感じ。

夫が私に乗り移り、メッセージを子供だけでなく私にも出してくれていたのかもしれません。

「どこでも楽しめるマインド」。それは、夫が私に残してくれた、最大のメッセージだったのかもしれません。

そして、そこにはいつも夫が居てくれて、いつも支えてくれたようにも思います。

受験期間中、何度も心が折れそうになりました。次男も、私も。でも、その度に、不思議と前を向ける出来事があった。

それは、夫が支えてくれていたからだと、今は思います。

この家族で良かった

一つずつ乗り越えるたびに、この家族で良かったと思えます。

この家族というのは、もちろん夫込みでの私たち家族です。

夫は、もう隣にはいません。でも、いつも一緒にいます。

子供たちの成長を見守り、私たちを支えてくれている。そう信じています。

次男の受験も、夫と一緒に乗り越えた。そんな感覚があります。

夫の想いはちゃんと伝えられただろうと、次男の顔を見ると思います。

受験が終わった次男の顔は、清々しくて、少し大人びて見えました。

「高校時代を楽しみなさい」 「どこでも楽しめる人になりなさい」 「自分で人生を選びなさい」

夫が伝えたかったこと。私が伝えたかったこと。それは、きっと次男に届いたと思います。

死別シングルマザーとしての、最後の高校受験

死別シングルマザーとして、三人の子供を育ててきました。

長男、長女、次男。それぞれに、高校受験をサポートしてきました。

でも、次男が最後。もう、子供の高校受験をサポートすることはありません。

夫がいたら、どんなふうに子育てをしただろう。何度も考えました。

きっと、もっと楽だったかもしれない。もっと楽しかったかもしれない。

でも、夫がいない中で、私なりに精一杯やってきました。

そして、子供たちも、よく頑張ってくれました。

「入れ込み過ぎ」と言われたけれど、後悔はありません。

むしろ、全力でサポートできて良かったと思っています。

最後の高校受験。夫の想いを胸に、走り抜けることができました。

最後に―すべての受験生へ

世の中の多くの受験生、本当にお疲れ様でした。

結果がどうであれ、あなたは精一杯頑張りました。その努力は、決して無駄にはなりません。

そして、受験をサポートした親御さんたちも、本当にお疲れ様でした。

特に、シングルマザー、シングルファザーで頑張った方々。あなたは、本当によく頑張りました。

一人で二役をこなすのは、本当に大変だったと思います。でも、あなたの愛情は、きっと子供に届いています。

これから高校生活が始まります。

どこに行っても、楽しめる人に。どこに行っても、幸せを見つけられる人に。

子供たちが、そんなふうに育ってくれることを願っています。

そして、亡き夫へ。

あなたの想いは、ちゃんと次男に伝えられたと思います。

これからも、見守っていてください。

ありがとう。

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