「全力で生きている」と初めて言えた日|50歳になって気づいた、大切な人との時間の使い方

「全力で生きている」と初めて言えた日|50歳になって気づいた、大切な人との時間の使い方

今日は、自分に対して初めてこう言えた日でした。

「私は、全力で生きている」

この実感値は、自分だけにしか無い感覚です。誰かと比べるものでもないし、誰かに認めてもらう必要もありません。自分が持てたら、それで上出来。

周りが「もっと頑張っている人もいるんだから」と言っても、その人はそう思うんだよね、と思えばいい。それだけのことです。

なぜ「全力で生きている」と言えるのか

話はそれましたが、全力で生きているという感覚について、少し書かせてください。

私がそう言えるのは、今生きている人間関係の中で大切な人が誰かを分かっているからです。

これ、当たり前のようで、意外と難しいことなんです。日々の忙しさの中で、本当に大切な人が誰なのか、見失ってしまうことがあります。職場の人間関係、ママ友との付き合い、SNSでの繋がり。色々な関係性がある中で、本当に大切な人は誰なのか。

私は夫を亡くしてから、それがはっきりと見えるようになりました。というより、見えざるを得なかった。

時間は有限だと、痛いほど分かったからです。

大切な人はそう多くない

人生において、大切な人とはそう多く無いと思います。

私にとっての大切な人は、子どもたち、家族、そして今も心の中に生き続けている夫。それから、本当に信頼できる友人が数人。それくらいです。

だから、お互いに生きている限り、全力で後悔のないように関わっていく。それが私の生き方です。

自分にとって大切な時間を大切な人との時間に充てたのなら、他のストレスフルな関係に注力している時間は自ずと減っていきます。これは自然なことです。エネルギーは有限ですから。

以前の私は、誰にでも良い顔をしようとしていました。嫌われたくないから、断れない。疲れていても、無理をする。でも、それで疲弊していました。今は違います。大切な人にエネルギーを注ぐと決めたら、それ以外のところは、程々でいいと思えるようになりました。

大事な人との関係だからこそ、学びがある

その大事な人間関係で、例えストレスフルな状況になったとしても、それは私にとって学びになると思っています。

なぜなら、何かしらの自分の気づきを得やすいからです。そして、気づいて修正すれば、成長に繋がる。

おそらく大事な人間関係においては、素直に修正したいと思うはずです。「この人との関係を良くしたい」という思いがあるから、自分の非を認めることもできるし、歩み寄ることもできる。

でも、そうじゃない関係では、どうでしょうか。意固地になったり、相手のせいにしたり。それは、その人との関係を本気で良くしたいと思っていないからかもしれません。どこかで「この人は自分の成長に値しない人だ」と見下しているのかもしれませんね。

だから、その見極めが大切です。自分は誰と大事な人生の時間を使いたいのか。それをしっかり考えていきましょう。

私は子どもと過ごす時間、信頼できる友人と深く語り合う時間、カウンセリングでクライアントさんと向き合う時間。こうした時間を大切にしたいと思っています。

若い頃、時間は無限にあると思っていた

若い頃は、時間が無限にあると思っていました。

「いつかやろう」「そのうち会おう」そんな風に、先延ばしにすることがたくさんありました。

しかし、夫との死別を通して、時間の有限さを身を持って体験しました。

あの日、突然夫がいなくなって。「また明日ね」と言えると思っていたのに、その明日は来なかった。「今度ゆっくり話そうね」と思っていたのに、その今度は永遠に来なかった。

時間は、有限です。当たり前のことですが、それを本当の意味で理解するのは、大切な人を失った時なのかもしれません。

子育てに追われて、過ぎ去った日々

とは言え、死別後の私は、子育てに追われて毎日が過ぎ去っていきました。

朝起きて、子どもを起こして、ご飯を作って、学校に送り出して、仕事に行って、帰ってきて、夕飯を作って、子どもの宿題を見て、お風呂に入れて、寝かしつけて。そしてまた朝が来る。

その繰り返しの中で、気づけば何年も経っていました。「時間を大切にしよう」と思っていたはずなのに、実際には日々に追われていた。そんな自分に、ふと気づくことがありました。

でも、それも含めて、私の人生です。子どもと過ごす時間は、確かに大切な時間でした。ただ、もっと意識的に過ごせたら良かったな、とは思います。

そして私は今年、50歳になります。

50年。半世紀。長いような、短いような。

でも一つ言えるのは、もう「無限にある」とは言い難い状況だということです。

あと何年生きられるか分かりません。健康でいられるか分かりません。今できることが、10年後もできるとは限りません。

だからこそ、今なんです。今、この瞬間。今日、この一日。それを大切にしないと、あっという間に時間は過ぎていきます。

考えて行動しないと、辿り着けない場所

だからこそ、自分の有限な人生を何に使うか。どう生きていくのか。それを考えて行動しないと、私の人生の道標でもある、「棺桶に入った時、この人生で良かったと思える人生」には辿り着けません。

この「棺桶に入った時」というのは、私のカウンセリングの恩師から教わった言葉です。「自分が死ぬときに、この人生で良かった!と思わない?そうやって生きていこう」と言われて、それがずっと私の中にあります。

夫を亡くした時、彼は自分の人生を「良かった」と思って逝けたのだろうか、と考えました。まだ若かったし、やりたいことがたくさんあったはずです。でも、せめて私や子どもたちと過ごした時間は、幸せだったと思ってほしい。そう願いました。

そして、私自身も。いつか棺桶に入る時、「夫が早く亡くなったから、私の人生は最悪だった」なんて言いたくない。「大変だったけど、精一杯生きた。良い人生だった」そう思って終わりたい。

一日一日を、やり切る

一日一日が大切。

それをやり切れた日が、少しでも多ければ、自分の人生がどうなると思いますか?

私は、違う自分に出会えると思います。

今日一日を精一杯生きる。大切な人との時間を大切にする。やるべきことをやり切る。そういう日が積み重なっていけば、1年後、5年後、10年後の自分は、きっと今とは違う自分になっているはずです。

もっと強くなっているかもしれない。もっと優しくなっているかもしれない。もっと自分を信じられるようになっているかもしれない。

それは、夫が教えてくれた「生きる」ということ。そして彼が大切にしてくれているから思うこと。

「貴方があんなに早く居なくなったから、私の人生最悪だった」

そんな言い訳はしたくないですね。

夫が聞いたら、悲しむと思います。「俺がいなくなったせいで、お前の人生が台無しになった」なんて、思ってほしくない。

そうじゃなくて。「あなたがいてくれた時間は幸せだった。あなたがいなくなってからも、私は精一杯生きた。辛かったけど、乗り越えた。そして、良い人生だったと思える」そう言いたい。

だから、私は全力で生きる。

夫が見ていてくれるから。夫が大切にしてくれた人生だから。

だから、一日一日をやり切りたいですね。

あなたにも、伝えたいこと

もし今、この記事を読んでくださっているあなたが、大切な人を亡くした経験があるなら。

あるいは、日々の忙しさの中で、何となく時間が過ぎていっていると感じているなら。

少し立ち止まって、考えてみてください。

あなたにとって、大切な人は誰ですか?

その人との時間を、大切にしていますか?

「いつかやろう」と思っていることを、今日やりませんか?

「そのうち会おう」と思っている人に、今日連絡してみませんか?

時間は、本当に有限です。明日があると思わないでください。今日が、最後かもしれない。そう思って、一日一日を大切に過ごしてください。

そして、全力で生きてください。

それが、大切な人への最高の恩返しだと、私は思っています。

亡くなった人も、今生きている大切な人も、あなたが全力で生きることを望んでいるはずです。

だから、後悔のないように生きてください。

今思うこと

人生は、思ったより短い。でも、思ったより豊かにできる。

大切なのは、何に時間を使うか、誰と時間を過ごすか。

それを意識的に選んでいけば、限られた時間の中でも、満足できる人生を送れると信じています。

私は、全力で生きていると言えます。それは、大切な人が誰かを分かっているから。その人たちとの時間を大切にしているから。そして、一日一日を、やり切ろうとしているから。

完璧ではありません。失敗もするし、後悔することもあります。でも、それでも、全力で生きている。そう言えることが、私の誇りです。

あなたも、そう言える日が来ますように。

そして、棺桶に入る時、「良い人生だった」と思えますように。

夫が教えてくれた、生きるということを、これからも大切にしていきます。

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