
大切な人を失った後、誰に何を話せばいいのか。
そもそも、話すことに意味はあるのか。
この記事では、夫との死別という人生最大級の喪失を経験した私が、カウンセリングを通じてどのように救われたのか、そしてカウンセリングが持つ本当の力について、実体験を元にお伝えします。
読み終わる頃には、以下のことが理解できるはずです。
- カウンセリングが持つ本当の力とは何か
- なぜ「言葉にすること」が癒しにつながるのか
- 「指示」ではなく「問い」が人を成長させる理由
- カウンセラーが「鏡」である意味
- 自分を責めてしまう心理と、その抜け出し方
- 死別という経験を、自分の人生に統合する方法
もし今、辛い気持ちを一人で抱えているなら、この記事があなたの一歩を後押しできるかもしれません。
死別を通して、私が救われた経験
人生最大級の喪失
死別という、人生最大級の喪失。
夫を失った日から、私の世界は一変しました。
色を失った世界。 音が聞こえなくなったような感覚。 自分が生きているのかどうかさえ、わからなくなる。
その真っ暗闇の中で、私が救われた経験。
それは、何よりもカウンセリングに出会ったことです。
これは、誇張でも何でもありません。
カウンセリングがなければ、今の私はいなかったと、心から思います。
言葉にすることの、計り知れない力

気持ちを外に出すということ
自分の気持ちを、言葉にして出していく。
これは、本当に大事だという経験をしました。
心の中で思っているだけでは、何も変わりません。
同じ考えが、グルグルと頭の中を回り続けます。
- 「あの時、ああしていれば」
- 「もっと早く気づいていれば」
- 「私のせいで」
こうした思考が、延々とループする。
でも、言葉にして外に出すと、何かが変わるのです。
客観視できるようになる
声に出して言葉にすると、自分の感情を少し離れたところから見ることができます。
「ああ、私はこんなことを考えていたんだ」
そう気づくことができます。
整理されていく
ぐちゃぐちゃに絡まった糸が、少しずつほどけていくような感覚。
言葉にすることで、感情が整理されていきます。
重さが軽くなる
心の中に溜め込んでいたものを外に出すと、少し軽くなります。
全部がなくなるわけではありません。
でも、少しだけ、呼吸がしやすくなるのです。
誰にも言えないことを、話せる場所
家族にも、友人にも、言えないこと

誰にも言えないこと、ありませんか?
家族には心配をかけたくない。 友人には弱いところを見せたくない。 職場では言えるわけがない。
そんなことを、安心して話せる場があること。
そして、「静かに聴いてくれる」という人がいること。
これは、本当にありがたいことです。
カウンセリングルームは、聖域です。
そこで話したことは、外に出ません。
批判されることも、否定されることも、罵倒されることもありません。
ただ、聴いてもらえる。
それだけで、どれだけ救われることか。
批判されない、罵倒されない、安心
ただ、聴いてくれる存在
カウンセリングでは、批判されません。
罵倒されません。
「あなたが悪い」と言われることもありません。
ただ、自分の話を聴いてくれる。
日常では、こうはいきません。
- 「いつまで悲しんでいるの?」
- 「もっと前を向かなきゃ」
- 「子供のためにしっかりしなさい」
善意から発せられる言葉でも、時に刃のように心を刺します。
特に、気持ちが落ち込んでいるときは、批判されない場所が本当にありがたい。
自分を責めているとき。 誰も信じられなくなっているとき。 どうしていいかわからなくなっているとき。
そんな時こそ、必要なんです。
真っ暗闇を、一人で進むということ
若くして夫を亡くすということ
若くして夫を亡くし、生活を一人で立て直して生きていく。
これは、どういうことか。
真っ暗闇を、何もヒントもなく模索しながら進むようなものでした。
地図もない。 明かりもない。 道しるべもない。
ただ、歩き続けるしかない。
どうすればいいのか。 何から始めればいいのか。 この気持ちをどう処理すればいいのか。 子供に何と説明すればいいのか。 仕事はどうすればいいのか。 お金はどうやって稼ぐのか。
すべてが、わからない。
そして、何よりも怖いのは、孤独と不安。
「私は、これから一人で生きていくのだ」
その事実が、重くのしかかります。
質問してくれる存在の、大きさ
正直な気持ちを口にすること
そんな中で、自分の正直な気持ちを口にすること。
そして、それに対して質問をしてくれる存在がいること。
これが、どれだけ大きな助けになったことか。

カウンセラーは、こんな風に質問してくれます。
「それを聞いて、どう感じましたか?」 「本当は、どうしたかったんですか?」 「今、一番辛いことは何ですか?」 「そう思ったのは、なぜですか?」
なぜなら、質問されることで、自分が自分の言葉に内省し、自分で答えを出すからです。
質問されると、考えます。
「そういえば、なぜだろう?」 「本当は、どうしたかったんだろう?」
考えていくうちに、気づきます。
「ああ、私はこう思っていたんだ」 「本当は、こうしたかったんだ」
そして、自分で答えを出します。
誰かに言われたのではなく、自分で見つけた答え。
だから、納得できる。 だから、腑に落ちる。 だから、前に進める。
「指示」ではなく「問い」が人を成長させる
もし、指示されたら

もし、カウンセラーが「こうしなさい」と指示してきたら、どうでしょうか?
最初は、安心するかもしれません。
他人の答えは、自分にぴったりとはまらないことが多いです。
「なんか、違う」 「これじゃない気がする」
そんな違和感を覚えます。
そして、うまくいかなかった時。
その人のせいにしてしまう可能性があります。
「あの人がこうしろって言ったから」 「あの人の言う通りにしたのに、うまくいかなかった」 「あの人のアドバイスが悪かった」
さらに、指示してくれる人に依存してしまいます。
「次も教えてください」 「私は自分で決められません」
自分で考える力が育たないのです。
それでは、停滞してしまいます。
成長できません。 前に進めません。 自分の人生を生きられません。
だから、カウンセラーは「指示」ではなく「問い」を投げかけます。
あなた自身が、答えを見つけられるように。
カウンセリングとは、鏡であり伴走者
カウンセラーは、自分の鏡
カウンセリングは、カウンセラーが自分の鏡となり、伴走してくれながら、自分が答えを出していくものです。
鏡は、ありのままを映します。
良いも悪いもなく。 批判もせず。 ただ、映す。
カウンセラーも同じです。
あなたの言葉を、そのまま受け止め、映し返してくれます。
そこに、カウンセラーの感情は、基本的にはありません。
「私はこう思う」 「私だったらこうする」
そんなことは言いません。
一緒に泣いてくれた先生
一緒に泣いてくれる先生もいました。
でも、それは私の鏡として泣いてくださっている、そう受け止めていました。
私の悲しみを、そのまま映してくださっている。
そう感じました。
日常とカウンセリングの、決定的な違い
日常では、相手の感情がある
日常では、相手は相手の感情があるものです。
相手にも、都合があります。 相手にも、考えがあります。 相手にも、感情があります。
だから、自分が良かれと思って発言したことで、怒りを買ったり。
聞いてほしいと思ったことを、スルーされたり。
「そんなつもりじゃなかったのに」 「なんでわかってくれないの」
ミスコミュニケーションは、起こります。
これは、悪意があるわけではありません。
ただ、人間だから。
でも、カウンセリングは違います。
カウンセラーを信頼していたら、訂正して言い換えれば良い。
「さっきの言い方、違いました」 「本当はこう思っています」 「うまく言えないんですが」
そう言えば、また聴いてくれます。
急かされることもありません。 否定されることもありません。
それは、自分のしっくりいく言葉を探す作業です。
自分の本当の気持ちを探す作業です。
時間をかけて、丁寧に。
自分との関係を、構築していく
カウンセリングは、自分との対話
カウンセリングは、カウンセラーとの対話のように見えます。
でも、本質は違います。
自分との対話なのです。
自分との関係を構築していっていると理解できれば、根気よく話す気持ちが湧いてきます。
なぜなら、自分は一生、自分に付き合う人だから。
恋人とは、別れるかもしれません。 友人とは、疎遠になるかもしれません。 家族とも、離れて暮らすかもしれません。
でも、自分とは、一生一緒です。
どんなに辛くても。 どんなに嫌になっても。 どんなにダメだと思っても、見離さずにいてあげてほしいです。
そうしていくうちに、自分を肯定できるようになっていきます。
少しずつ。 本当に少しずつ。
でも、確実に。
多くの人が、自分を責めている
カウンセリングを通じて気づいたこと
私はカウンセラーとなり、同じ死別を経験した方々とお話をさせていただく機会を得ました。
そこで気づいたことがあります。
多くの人が、自分を責めていると。
「私がもっと早く気づいていれば」 「私がもっとちゃんと見ていれば」 「私のせいで」 「私が悪かった」
こうした言葉を、何度も何度も聞きました。
自分を責めて、時には、周りの人からも責められる場合もある。
「もっと早く病院に連れていけば」 「もっとちゃんと食事を管理していれば」 「あなたが気づいてあげなきゃ」
悪意がない言葉でも、深く傷つきます。
自分責めが、負のスパイラルを生む
自分を責めているとき、他人の言葉は、何気ない言葉でも、ネガティブに受け取ってしまうことがあります。
「大丈夫?」→「やっぱり私、ダメに見えるんだ」 「頑張って」→「まだ頑張りが足りないんだ」 「元気出して」→「私、元気がないんだ。弱いんだ」
自分が自分を責めている。
周りも、責めてくる(ように感じる)。
自分すら敵。誰も味方がいないような感覚。
これは、本当に辛いです。
そして、この状態は、自分責めを強化しやすくなってしまう危険性があります。
悪循環に陥ります。
だからこそ、カウンセリングを
負のスパイラルを、早めに食い止める
だからこそ、心が弱くなっているときは、カウンセリングをして、その負のスパイラルを、早めに食い止めてほしいと思っています。
一人で抱え込まないで。
一人で頑張らないで。
一人で責め続けないで。
心の傷は、深くなればなるほど、回復に時間がかかります。
だから、早めに。
「まだ大丈夫」と思っているうちに。
カウンセリングを受けてほしいのです。
死別という経験を、受け止める
経験をした自分を、丸ごと受け入れる
この死別という経験を受け止めて、その経験をした自分自身を丸ごと受け入れることで、本当の自分と出会えます。
死別という経験を通して、見えてくるものがあります。
自分が本当に大切にしたいこと。 自分が本当に望んでいること。 自分が本当に恐れていること。
それらが、はっきりと見えてきます。
そして、自分の人生を生きることができます。
他人の期待ではなく。 世間の常識ではなく。
自分の心に従って、生きることができるようになります。
誰がどう言ったって、あなたはあなた
自分を大切に
誰がどう言ったって、あなたはあなたです。

そして、あなたの人生を一緒に歩む人は、あなたしかいないのです。
だから、自分を大切にしてください。
自分を責めないでください。
自分を見離さないでください。
私が、あなたの伴走者になりたい
カウンセリングで救われた私が
カウンセリングで救われた私が、今度は誰かの伴走者になりたい。
そう思って、カウンセラーになりました。
あなたの鏡として。
あなたが、自分で答えを出せるように。
あなたが、自分を肯定できるように。
あなたが、自分の人生を生きられるように、静かに、聴きます。
批判しません。
指示しません。
罵倒しません。
ただ、聴きます。
あなたの言葉を。
あなたの気持ちを。
あなたの痛みを。
もし、今、辛いなら
一人で抱え込まないで
もし、今、辛いなら。
一人で抱え込まないでください。
話してみませんか?
誰にも言えないこと。
心の奥底にしまい込んでいること。
言葉にできないほど辛いこと。
安心して、話せる場所があります。
カウンセリングという、聖域が。
まとめ:カウンセリングが持つ本当の力
- カウンセリングは、言葉にすることで感情を整理する場
- 批判されず、安心して話せる聖域
- 質問されることで、自分で答えを見つける
- 指示ではなく、問いが人を成長させる
- カウンセラーは鏡であり、伴走者
- 日常とは違い、言い直せる安全な場所
- 自分との関係を構築していくプロセス
- 多くの人が自分を責めている
- 負のスパイラルは、早期に食い止めるべき
- 死別という経験を受け止め、自分の人生を生きる
カウンセリングの本質
カウンセリングの本質は、自分との対話です。
カウンセラーは、その対話を安全に行える場を提供し、鏡となり、伴走者となります。
もし今、辛い気持ちを抱えているなら。
あなたは一人じゃありません。
話せる場所があります。
聴いてくれる人がいます。
カウンセリングのご案内
死別シンママカウンセラー あおいほし
私自身が死別を経験し、カウンセリングで救われました。
だからこそ、同じ経験をした方の気持ちが、痛いほどわかります。
カウンセリングの特徴
- 死別経験者だからこその共感:同じ経験をした者として、寄り添います
- 批判しない安全な場:何を話しても、批判されることはありません
- 自分で答えを見つける支援:指示ではなく、問いかけを通じて
- オンライン対応可能:ご自宅から、安心してお話しいただけます
こんな方におすすめ
- パートナーとの死別を経験した方
- 誰にも話せない気持ちを抱えている方
- 自分を責め続けている方
- これからどう生きていけばいいかわからない方
- カウンセリングを受けてみたいけれど、不安な方
カウンセリングについてのお問い合わせは、プロフィールのリンクからどうぞ。
あなたのお話を、お聴きします。
