人生の困難に直面した時、あなたを救ってくれた人はいますか?
この記事では、死別という人生最大級の喪失を経験した私が出会った、「聖人君子」のような人物から学んだ深い気づきについてお伝えします。
読み終わる頃には、以下のことが理解できるはずです。
- 困難な時に人を救う「静かな愛」とは何か
- なぜ「中立的な視点」が人を成長させるのか
- 「完璧な人はいない」という真実の意味
- 自分の中に「メンター」を持つ方法
- 困った時に使える「魔法の質問」

死別後、たくさんの人に助けられた
支えられて生きてこられた
私は死別後、何度もいろいろな人に助けられてきました。
本当に感謝しています。
その一つ一つの出会い、一つ一つの言葉、一つ一つの優しさが、今でも私の心の支えです。
助けの形は、人それぞれでした。
- 実務的なサポートをしてくれた人
- 話を聞いてくれた人
- ただそばにいてくれた人
- 厳しくも愛のある言葉をくれた人
どれも、かけがえのないものでした。
そして、その中の一人で、特別に忘れられない人がいます。
「聖人君子」という言葉をそのまま生きているような人です。
「聖人君子」のような人との出会い
視野の広さと、静かな愛

その人は、本当に視野が広い方でした。
そして何よりも、静かな愛を持っている人でした。
全ての人を悪者にしない。
そして、私を諭してくれました。
尊敬とか、憧れという言葉すら、おこがましい。
そんな崇高さを持っている人。
言葉にするのも、恐れ多いような存在でした。
第3章:「肩入れしない」からこそ、信じられた

その人の特徴は、常に中立の立場を貫いていたことです。
決して私に肩入れして話を聴いてくれる、というわけではありませんでした。
多くの人は、相談を受けると、相談者の味方になります。
誰も傷つかない方法を、客観的に考える。
「あなたは正しい」 「相手が悪い」 「あなたは被害者だ」
そう言ってくれる人は、確かに心地よいです。
でも、その人は違いました。
「あなたは正しい」とも言わない。 「相手が悪い」とも言わない。
ただ、全体を俯瞰して、最善の道を示してくれる。
不思議なことに、その人の言うことには、素直に従うことができました。
困難も乗り越えようと、前に進むことができました。
なぜか?
それは、私の力を信じてくれているから、言ってくれているんだろうと受け取ることができたからです。
「あなたならできる」
そう信じてくれているから、私も自分を信じることができる。
そんな経験をしました。
これは、人生で初めての感覚でした。
人が抵抗したくなる時、離れたくなる時

ここで、人間心理の基本的なパターンについて考えてみましょう。
パターン1:命令されると抵抗したくなる
人は、命令されると抵抗したくなるものです。
「こうしなさい」 「ああしなさい」 「これが正しいやり方だ」
そう言われると、たとえそれが正しくても、反発心が生まれます。
これは、自己決定権を奪われると感じるからです。
パターン2:批判されると離れたくなる
批判されると、人は離れたくなります。
「あなたは間違っている」 「それはダメだ」 「なぜそんなこともできないのか」
そう言われると、心を閉ざしてしまいます。
これは、自己価値を否定されると感じるからです。
パターン3:褒められすぎても疑う
逆に、あまりにも褒めてくれると。
依存したくなるとか、猜疑心が生まれるということもあるでしょう。
「本当かな?」 「何か裏があるのでは?」 「この人は私を利用しようとしているのでは?」
過度な称賛は、時に不信感を生みます。」
でも、その「聖人君子」のような人は、これらのどれでもありませんでした。
命令でもない。 批判でもない。 過度な称賛でもない。
第5章:ただそこにある、暖かく静かな
その人から感じたもの。
それを言葉にするのは、とても難しいです。
でも、あえて言うなら。
ただそこにある、暖かく静かな愛。
見返りを求めない。 承認を求めない。 称賛を求めない。
ただ、そこに在る。
そんな愛でした。
だから、心を開けました。
防御する必要がない。 警戒する必要がない。 繕う必要がない。
ただ、ありのままでいられる。
そんな安心感がありました。
いつも周りに人がいる理由
その人の周りには、いつも人がいました。
相談に来る人。 話を聞いてほしい人。 ただそばにいたい人。
愛されているな、と感じました。
でも、それは私のフィルターを通した、良い様な解釈だったのかもしれません。
私には、その人が完璧に見えていました。
すべてを持っている人。 すべてを解決できる人。 悩みなど無縁の人。
そう思っていました。
「私も悩みを持っている」という衝撃
ある時、その人がさらっとおっしゃったのです。
「私も悩みを持っている」と。
え?
この人が?
こんなに完璧に見える人が?
こんなに愛に満ちた人が?
こんなに多くの人を救っている人が?
悩みを持っている?
この一言から、人の不完全さや、人間関係の複雑さを学びました。
それも、私にとって深い学びになったのです。
むしろ、この学びの方が、大きかったかもしれません。
完璧な人なんて、いない
こんなに素敵な人なのに。 こんなに愛に満ちた人なのに。 こんなに多くの人を助けている人なのに。
それでも、解決できないことがある。
そう思うと、人間界の理不尽さは、常にあるのだと心に刻まれました。
そして、もう一つ気づいたこと。
私にとっては、崇高な人。 尊敬すべき人。 愛すべき人。
でも、立場が違えば、その人への感情が変わってくる。
嫉妬の対象になることもある
その崇高さを、羨む人もいるでしょう。 その光を、妬む人もいるでしょう。 その愛を、重荷に感じる人もいるでしょう。
その光を、まぶしすぎると感じてしまう人もいるのです。
だから、完璧な人なんて、いない。
すべての人に好かれる人なんて、いない。 すべての問題を解決できる人なんて、いない。 すべての悩みから解放された人なんて、いない
ただ、私にとっては。
「聖人君子」を嫌味なく、自然とできる、愛のある方だった。
それだけのことです。
でも、それは私にとって、かけがえのないものでした。
嫌な気持ちになった時、思い出すこと
嫌な方に気持ちが向くと。
誰かを責めたくなると。
自分を責めたくなると。
いつも、この方の愛を感じるようにしています。
あの、静かで暖かい愛。 あの、中立的で客観的な視点。 あの、「あなたならできる」という信頼。
それを思い出すだけで、心が落ち着きます。
視点が変わります。
冷静になれます。
あなたを助けてくれた人を、思い出して
困難にぶつかったとき。
死別は、その最たるものですが。
きっと、あなたを助けてくれた人がいるはずです。
その人は、どんな人でしたか?
- どんな言葉をくれましたか?
- どんな態度で接してくれましたか?
- どんな愛を示してくれましたか?
助けてもらい、感動した経験があるのであれば。
必ず、自分の中にその経験をインストールしているはずです。
その経験は、消えません。
あなたの一部になっています。
だから、自分は自分を助けられる。
そう思ってください。
あなたの中に、すでに答えはあるのです。
助けてくれた人の声が、あなたの中に残っています。
第人生は凪ではなく、波があるもの
人生は、凪ではありません。
波があるものです。
穏やかな日もあれば、荒れる日もある。
それが自然です。
波が荒れ始めた時。
困難に直面した時。
苦しい選択を迫られた時。
その時に、あの人の考え方や態度を思い出してみる。
- あの人なら、どう考えるだろう?
- あの人なら、どう行動するだろう?
- あの人なら、何と言ってくれるだろう?
そして、それを自分の考えと融合して、答えを出していく。
丸ごとコピーするのではなく。
自分の中に取り込んで、自分なりの答えを出す。
嫌なことばかり見ると、波が大きくなる
嫌なことにばかり目をやるのは、その波を自分で大きくさせているだけです。
悪循環のパターン
- 嫌なことに注目する
- 気持ちが暗くなる
- さらに嫌なことが目につく
- もっと気持ちが暗くなる
- 波がどんどん大きくなる
だから、中立的で客観的な視点を持つことが大切です。
- 今起きていることは、事実として何か?
- 感情を除いて考えると、どう見えるか?
- 全体を俯瞰すると、どう映るか?
そして、深い愛で、自分を信じてあげましょう。
「私ならできる」 「私は乗り越えられる」 「私には力がある」
あの人が信じてくれたように、自分も、自分を信じる。
困った時の「魔法の質問」
「あの人なら、どう解決する?」
困った時は、自分にこう聞いてみてください。
「あの人なら、どう解決する?」
あなたを助けてくれた人
あなたを助けてくれた人。 あなたが尊敬する人。 あなたが憧れる人。
その人なら、この状況をどう捉えるだろう?
その人なら、どんな選択をするだろう?
その人なら、何と言ってくれるだろう?
この質問は、内なるメンターを持つということです。
物理的にその人がそばにいなくても、もうこの世にいなくても、
心の中に、その人を住まわせることができます
その考えを思い出し、定着させるために。
こういう日々の嫌なこと、困難は、起こるのかもしれません。
それは、あの人の教えを思い出す機会で、成長の機会。
良い様に解釈して。
今日も一日、過ごしていきましょう。
「静かな愛」を自分も実践する
あの人から受け取った「静かな愛」。
それを、今度は自分も誰かに与えられたら。
そう思うのです。
もちろん、あの人のようには、なれません。
完璧になる必要も、ありません。
でも、少しでもその愛を体現できたら。
- 誰かの話を、批判せずに聞く
- 誰かを、決めつけずに見る
- 誰かを、信じてあげる
- 誰かに、「あなたならできる」と伝える
小さなことから、始められます。
完璧な人はいないけれど、救いは必ずある
- 死別後、聖人君子のような人に助けられた経験
- その人は、静かな愛と中立的な視点を持っていた
- 肩入れしないからこそ、信じられた
- 「私も悩みがある」という一言で、人の不完全さを学んだ
- 完璧な人なんていない、立場が違えば見え方も変わる
- 助けられた経験は、自分の中にインストールされている
- だから、自分は自分を助けられる
- 「あの人ならどう?」という質問が、困難を乗り越える鍵
- 嫌なことばかり見ると、波を大きくしてしまう
- 中立的で客観的な視点と、深い愛で自分を信じる
- 助けてくれた人を思い出す
- その人の言葉、態度、愛を思い出す
- 「あの人ならどう?」と問いかける
- 困った時、この質問を自分に投げかける
- 中立的な視点を持つ
- 感情を一旦脇に置いて、事実を見る
- 自分を信じる言葉を使う
- 「私ならできる」を口癖にする
- 小さな愛を実践する
- 誰かを批判せず、信じてあげる
救いは、あなたの中にある
完璧な人なんて、いません。
聖人君子のような人も、悩みを持っています。
でも、それでいいのです。
大切なのは、あなたを救ってくれた人の愛は、確かにあなたの中にあるということ。
それを思い出せば、どんな困難も乗り越えられます。
救いは、すでにあなたの中にあるのです。
参考:内なるメンターを持つワーク
ステップ1:助けてくれた人を思い出す
あなたを助けてくれた人を、一人思い浮かべてください。
- その人の名前(心の中だけで)
- その人の顔、声、雰囲気
- その人があなたにしてくれたこと
ステップ2:その人の特徴を書き出す
その人の特徴を、3つ書き出してください。
- __________
- __________
- __________
ステップ3:印象に残っている言葉
その人が言ってくれた、印象に残っている言葉を書いてください。
「____________________」
ステップ4:「あの人ならどう?」を実践
今、あなたが抱えている悩みや困難を一つ選んでください。
そして、「あの人なら、どう解決する?」と問いかけてください。
浮かんできた答えを、書いてください。
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____________________
____________________
ステップ5:行動に移す
その答えを元に、今日できる小さな一歩を決めてください。
今日、私は____________します。
この記事が、あなたの困難を乗り越える一助となれば幸いです。
完璧な人はいませんが、あなたを救ってくれた人の愛は、確かにあなたの中にあります。
その愛を信じて、今日も一日を過ごしていきましょう。