夫を亡くして、今年で15年。本当にいろいろなことがありました。 気づけば今年で50歳。自分でも驚くような年齢ですが、今、こうして穏やかに節目を迎えられていることに、感謝の気持ちでいっぱいです。
自分が幸せを感じられるようになると、不思議と周りの幸せも素直に喜べるようになります。 「世界って、こんなに優しかったんだ」 今なら、そう分かります。
だからこそ、今もしあなたが「自分だけ幸せになるのが怖い」と立ち止まっているなら、伝えたいことがあります。
「もう、幸せになっていいんだよ」と、本気で自分に許可を出してあげてください。
「自分だけ笑っていいの?」という罪悪感の正体

死別後、多くの人が「私だけ幸せになっていいのだろうか」という罪悪感に苦しみます。
私もそうでした。
看病の末の無力感や、救えなかった後悔。それらが「幸せになってはいけない」という重石(おもし)になっていませんか?
でも、「罪悪感があること」と「幸せになってはいけないこと」は、別物です。
やってみてほしいワーク:罪悪感を言葉にする もし、幸せになるのが怖いと感じるなら、その理由を紙に書き出してみてください。
- 「私が笑ったら、彼を忘れてしまう気がする」
- 「彼が苦しんでいたのに、私だけ楽しんでいいの?」
書き出したら、その一つひとつに「本当に?」と問いかけてみてください。 幸せを感じたら、思い出は消えるのでしょうか? 彼は、あなたが一生笑わないことを望んでいるのでしょうか?
きっと、いつか説明がつかなくなるはずです。罪悪感の多くは、根拠のない「思い込み」なのだと気づけるはずです。
周りの声や「こうあるべき」に惑わされない
「もう〇年経ったんだから」「まだ若いんだから」 世間は勝手なことを言います。時には、あなたの幸せを妬んだり、コントロールしようとする悪意ある言葉に出会うこともあるかもしれません。
でも、あなたと大切な人の絆のすべてを知っているのは、あなただけです。
断片的な情報でとやかく言う人の声を、真に受ける必要はありません。 「心の目」を曇らせないでください。あなたと大切な人が交わした「一緒に幸せになろうね」という約束は、形を変えても、今も生き続けているのですから。
「受け身の幸せ」を手放し、凍った心を溶かしていく

一番大切なのは、「大切にしてもらうはずだった」という受け身の幸せを手放すことです。
「一緒に旅行するはずだった」「一緒に歳を重ねるはずだった」 その「はずだった」に囚われ続けると、今ここにある小さな光が見えなくなってしまいます。
幸せは、かじかんだ手をお湯につけるように、少しずつ「感じて」いくものです。
- 朝のコーヒーの香り
- 窓から差し込む朝日の温かさ
- 子どもの何気ない笑顔
そんな小さな幸せを拾い集める練習をしましょう。最初は「幸せ日記」をつけて、一日に3つだけ、良かったことを書き出すのがおすすめです。
幸せになることは、大切な人への「最高のご供養」

「幸せになること」は、大切な人を忘れることではありません。 むしろ、その人が心から望んでいた「あなたの笑顔」を実現することです。
私の夫は、私の笑顔を見るのが好きだと言ってくれていました。だから私は、彼を心配させない人生を歩みたい。
不幸でい続けることではなく、前を向いて「今」を大切に生きること。 それこそが、空の上にいる人への最高の感謝であり、ご供養になると私は信じています。
結び
15年という月日は、決して短くはありませんでした。 でも、その日々があったからこそ、今の私があります。
あなたの人生は、あなたのものです。 誰かに決めさせるのではなく、あなた自身の手で「幸せになる許可」を出してあげてください。
今日、あなたは何に幸せを感じましたか? 小さなことからでいい。その一歩が、あなたの心を温かく溶かしていくはずです。
