ひと段落したので、久しぶりに外出しました。
桜のつぼみはまだまだ固いですが、もうつぼみになっている!という感動がありました。季節はどんどん移り変わっていくものです。
結果的に、神社めぐりに
街歩きをする予定でしたが、結果的にいろいろな神社をめぐることになりました。
私の祖母や母が生活していた場所、神楽坂~九段のお散歩です。
以前、さとうみつろうさんが「自分の母方のおばあちゃんが自分の母親を妊娠していた時に生活していた場所の神社に行くと良い」と聞き、今年の初めに1度来ています。今年早くも2回目。
私は子供の頃、おばあちゃん子でした。だからなのか、私は飯田橋にめちゃくちゃご縁があると感じています。
結婚式も挙げたし、私のメンターにも出会った場所。結婚後は毎年結婚記念日に、ここで夫と食事をしていましたし、死別後も足しげくメンターに相談し来ていました。
思い出の詰まった場所が、苦しかった
死別した当時は夫との思い出の詰まったこの場所に、何度も来ることで胸が苦しくなっていました。
なんでここにこんなに来なければいけないの?
でも、一人で解決することができないので、メンターに会わないと前に進めない。その葛藤が当時は苦しかったんですよね。
旦那さんとの思い出の場所に行くことって、死別後はかなりしんどかったりします。その場所に本当は二人で思い出話でもしながら来る場所なはずなのに、一人で行くことで、余計寂しさや恋しさが増すからです。
荒治療で、向き合った
私の場合は荒治療。
メンターがいた場所は私たちの結婚式の会場の真裏にあるから、そばを通るしかなかった。
しばらくして、会場に足を一歩踏み入れたときに、今までの苦しさよりも楽しかったポジティブな気持ちになったんです。
あぁ、私は本当に幸せだったんだなとかみしめられたんですよね。
私の苦しい記憶が、暖かい記憶にちゃんと戻れた瞬間です。
「過去の現実」を受け入れる

私は自分の人生で、そういう場所をちゃんと自分の大切な場所として戻していく作業ってとても大事だと思います。
欠けた部分を見るのではなく、自分が満たされていたという「過去の現実」をちゃんと受け入れる。
なんて素敵なことだったんだろうと、認識することで自分の人生は素晴らしいものだと認識できます。
その人生を歩めたのはなぜ?
素敵な人に出会えたから。
じゃあ素敵な人が素敵と認めた人は誰?
それはあなた以外にいませんよね?
あなたはとても素敵なんです。認めて受け入れてあげれば、その基準で人生を選択していくことができます。
底なし沼の底から、這い上がった
私は死別後、自己肯定感は底辺どころか、マイナス、底なし沼の底の底っていう感じでした。
でも、ちゃんと自分の記憶をたどれば、肯定するほかないという結論に至っています。
誰に罵倒されようと、批判されようと、彼を信じている私は彼が信じてくれた私を信じる、それだけ。
私はこの町が大好きです。大好きが一つ増えると気持ちは軽くなる。
行けない場所があるなら
行けない場所があるのであれば、まずこの認識を持って、再訪するのも良いですよ。
「欠けた部分」ではなく、「満たされていた過去」を見る。そう意識するだけで、見える景色が変わります。

もうすぐ春です。
春散歩の候補に入れてみてはいかがでしょうか?