人生のどん底を、一緒に見てくれた人はいますか?

この記事では、死別という人生最大級の喪失を経験した私が、メンターとの再会を通じて気づいた「どん底を知ってくれている人の価値」についてお伝えします。
読み終わる頃には、以下のことが理解できるはずです。
- なぜどん底を知る人が、支えになるのか
- 死別直後に記憶が薄くなる心理メカニズム
- 「頑張ったね」という言葉の重みの違い
- 弱さを見せることの本当の意味
- 人生の継続を支える人間関係の力
- 今年実践したい「会いたい人に会いにいく」生き方
もし今、辛い時期を過ごしているなら、この記事があなたの一歩を後押しできるかもしれません。
どん底の自分を知ってくれている人の、特別な存在感
まず、問いかけてみてください

死別後の自分のことを、ずっと知ってくれている人はいますか?
それは友達かもしれません。 家族かもしれません。 職場の同僚かもしれません。 カウンセラーやセラピストかもしれません。
どん底の自分を知ってくれている人というのは、自分の支えになることがあります。
なぜ、その人は支えになるのでしょうか?
それは、あなたの変化を知っているからです。
どこから始まったのか。 どれだけ苦しんだのか。 どう乗り越えてきたのか。
その全てを知っている人だからこそ、その言葉には重みがあります。
表面的な励ましとの違い

「頑張って」 「大丈夫」 「元気出して」
こうした言葉は、優しさから発せられます。
でも、あなたのどん底を知らない人からの言葉は、どこか軽く感じることがあります。
一方、あなたのどん底を知っている人からの言葉は、心の奥深くまで届きます。
死別直後は、なぜ記憶が薄いのか
視野が狭くなる状態
死別直後は、とても視野が狭くなっている状態です。

自分の生活自体が、大きく変わります。
生活を共にするパートナーですから、悲しんでいるだけというわけにもいきません。
夫のことを悲しむより、目の前の生活をどうにかしないといけない。
- 葬儀の手続き
- 役所への届け出
- 保険の手続き
- 子どもの世話
- 仕事の調整
- お金の管理
やるべきことが、山のようにあります。
感情は置き去りに、思考が強くなりすぎて、心が追い付けない。
悲しむ暇もない。 泣く暇もない。 立ち止まる暇もない。
ただ、目の前のことをこなすだけ。
そんな状態ですから、当時の記憶が薄いという人も多くいます。
これは、心理学的にも説明できます。
記憶と感情は、密接に関係しています。
強い感情を伴う出来事は、鮮明に記憶されます。
でも、感情を抑圧している状態では、記憶も曖昧になるのです。
脳が自分を守るために、辛すぎる記憶を封印してしまうとも言えます。
私もその一人で、死別直後の記憶はほとんどありません。
何をしていたのか。 誰に会ったのか。 何を話したのか。
断片的には覚えていますが、連続した記憶としては残っていません。
でも、当時の自分のことを知ってくれている人がいることで、自分がいかに変化したかを教えてくれます。
「あの時は、本当に大変だったよね」 「でも、今はこんなに元気になって」 「本当に変わったね」
そう言ってもらえることで、自分の歩みを実感できます。
それは、自分を認めることのできる、大きなピースになります。
メンターとの電話が教えてくれたこと
私には、メンターが一人います
私には、メンターが一人います。
当時、就職相談をしてくれた人です。
死別してすぐに出会った人。
偶然の出会いでしたが、この人との出会いが、私の人生を変えました。
「頑張らなくていい」という言葉
周りから「頑張れ」と言われているときに、その人は**「頑張らなくていい」**と言ってくれました。

その時、自分の感情があふれ出しました。
やっと安心して悲しむことができたのを、今でも鮮明に覚えています。
堰を切ったように、涙があふれました。
「頑張らなくていいんだ」 「悲しんでいいんだ」 「弱くていいんだ」
そう思えた瞬間でした。
昨日、そのメンターにお電話をしました。

新年の挨拶とともに、近況報告を。
自分の今の気持ちや、ちょっとしんどかったことなどをお話ししました。
すると、不思議なことが起きました。
今まで抱えてたちょっと重たい気持ちが、どんどん軽くなることを感じたのです。
何も解決策を教えてもらったわけではありません。
ただ、話を聴いてもらっただけ。
でも、それだけで軽くなる。
そして、電話の最後に一言。
「本当によく頑張ったね」
この言葉を聞いた瞬間、涙が出そうになりました。
なぜ、この言葉が響くのか
この言葉は、何も動けなかった自分を知ってくれているからこそ、心に響く言葉です。
あの時の私を知っている。
何もできなかった私を。 立ち上がることすらできなかった私を。 絶望していた私を。
その私を知っているからこそ、「頑張ったね」という言葉に、重みがあるのです。
そうだよな、自分って頑張ってきた。
心から、自分を肯定してあげられます。
自分で自分を認めることは、簡単ではありません。
でも、自分のどん底を知っている人からの言葉は、自己肯定感を一気に高めてくれます。
「あの時、○○ということがあったから」 「あの時、本当に何もできなかったよね」 「でも、ここまで来たよね」

という、事実を知っているからこそ、その「頑張ったね」という言葉の意味が、説得力を持つわけです。
表面的な励ましとは、全く違います。
深い理解に基づいた、本当の承認です。
あの時、どん底の私を見せてよかったとすら思います。
弱い自分を隠さず、ありのままを見せたから、今のこの関係があります。
とはいえ当時は、見せたいとか見せたくないという判断すらできず、必死で動いた結果、ご縁ができただけなんですけどね。
でも、結果的に、それが良かった。
弱さを見せることは、悪いことではない
長い年月を経て、気づいたこと

長い年月を経て、気づいたことがあります。
誰かに自分の弱さを見せることは、決して悪いことではないということ。
多くの人は、弱さを見せることに抵抗があります。
「迷惑をかけたくない」 「弱いと思われたくない」 「情けないと思われたくない」 「かわいそうと思われたくない」
そんな思いから、強がってしまいます。
でも、弱さを見せることで、本当の繋がりが生まれます。
表面的な関係ではなく、深い信頼関係が。
完璧な自分を見せるのではなく、不完全な自分を見せる。
その勇気が、人との距離を縮めます。
一緒に振り返る幸せ
一緒に振り返ることができ、一緒にしみじみその歴史を語る相手がいるのは、幸せなこと。
「あの時は大変だったね」 「でも、乗り越えたね」 「今はこんなに変わったね」
そう語り合える相手がいることの、ありがたさ。
夫が生きていたのなら、それを夫と語り合いたかった。
二人で、あの日々を振り返りたかった。
「大変だったね」 「でも、一緒に乗り越えたね」そう、言い合いたかった。
でも、それは叶いません。
だから、あちらの世界に行ったときに報告した後、短い夫婦生活を一緒に語り合いたいと思います。
いい意味で、その感情は手放し。
現実の今の世界で、自分の成長を知っている人、自分の歴史を一緒に肯定的に語れる人の存在が、「継続」という大きなパワーとなって自分を支えてくれるということです。
死別歴の浅い人へ、重ねた人へ
これを読んでいる、死別歴の浅い人へ。
今、辛い時期だと思います。
何もかもが、わからない。 どうすればいいのか、わからない。 この先、どうなるのか、わからない。
そんな中で、一人で抱え込まないでください。
誰か信頼している人に頼ってみることも、選択肢の一つとして持っていてほしいなと思います。
弱さを見せることは、恥ずかしいことじゃない。
むしろ、それが未来の自分を救うことになるかもしれません。

また、死別して年月を重ねた方へ。
今は、少し落ち着いているかもしれません。
自分のことを冷静に語れるようになったら、原点を知っている人に連絡を取り、自分の成長を見てもらうことも良いと思います。
その人との再会は、自分がどれだけ歩んできたかを実感させてくれます。
そして、その実感が、さらに前に進む力になります。
お互い生きていれば、会うことができます。
でも、人生はあっという間。
明日、その人がいなくなるかもしれない。 明日、自分がいなくなるかもしれない。
だから、そのチャンスは、自分が作って動いていきたいですね。
「会いたい人に会いにいく」を、今年のテーマに

2025年のテーマ
「会いたい人に会いにいく」
今年は、これを一つのテーマにしたいと思います。
死別を経験すると、痛いほどわかります。
会いたい時に、会えなくなることがあると。
「今度会おう」と思っていても、その今度が来ないことがあると。
後悔しないために
だから、後悔しないために。
会いたい人には、会いにいく。
言いたいことは、言う。
伝えたいことは、伝える。
「忙しいかな」 「迷惑かな」 「向こうから連絡来るだろう」
そんな遠慮はやめて、自分から動く。
それが、後悔しない生き方だと思います。
あなたも会いたい人に、会いにいきませんか?
今年を、そんな一年にしませんか?
まとめ:どん底を知る人の、かけがえのない価値
- どん底を知る人の言葉には、特別な重みがある
- 死別直後は記憶が薄くなる(感情と記憶の関係)
- 「頑張ったね」は、事実を知る人だからこそ響く
- 弱さを見せることで、本当の繋がりが生まれる
- 一緒に歴史を語れる相手がいることの幸せ
- 死別歴が浅い人は、誰かに頼ることも選択肢
- 年月を重ねた人は、原点を知る人に会うと良い
- 「会いたい人に会いにいく」を実践する
どん底を知る人がいるということは、あなたの成長の証人がいるということです。
その人の存在が、あなたの歩みを可視化してくれます。
そして、その可視化が、自己肯定感を高めてくれます。
今日から実践できること
どん底を知ってくれている人がいる。
どん底を知る人に連絡する 久しぶりに、その人に連絡してみる
今の自分を報告する どう変わったか、何を感じているか
感謝を伝える あの時、支えてくれてありがとう
会いたい人リストを作る 今年、誰に会いたいか書き出す
一人ずつ、行動する 連絡して、会う約束をするそれは、本当に幸せなことです。

どん底あなたにも、そんな人がいますように。
そして、私が、誰かのそんな人になれますように
人生は、あっという間だから。
会いたい人に、会いにいきましょう。
もし今、周りに誰もいないと感じていても大丈夫。いつかあなたの歴史を一緒に語れる誰かと、必ず出会えます。
